2019年12月16日
生き物に絶滅危惧種があるように、食文化にも絶滅危惧種と言えるものがあると思います。「おじいさん、おばあさんの代までは食べていたけど、私たちのまわりでは、もう誰も食べていないよね」そんな課題に直面している食文化のことです。
今回は、魚醤「いしる」をテーマにしたお話しの第一回目です。魚醤といえば、エスニック料理に使われるもの?ナンプラーやニョクマムのこと?それもその通りです。でも、日本でも昔むかしから国産で魚醤が作り続けられていることはご存じでしょうか?しかも、文献に残っているだけでも数百年以上にわたって。
日本では、明治になって鉄道が普及するまでは、船(特に瀬戸内海~日本海)が移動・交通の中心でした。日本海側では「北前船(きたまえぶね)」という商船により、人、モノの移動、文化の発展が大きく進みました。能登、酒田、秋田、他、北前船の寄港地は、当時、経済的にも文化的にも先進地と言われました。
いまのように便利な物流サービスも保存技術もなかったので、冬場をしのぐためにさまざまな保存技術が生まれました。その一つが、「発酵」技術。漁に出られないような荒波や雪の厳しい冬場でも、魚を塩漬け、発酵させておけば、貴重なタンパク源として何か月も食することが出来ます。幸い能登半島は海に面して古くから塩づくりが盛んな土地です。雑菌は塩で防がれますから、長期間にわたって塩漬けの魚が発酵・分解されていくと、最後は自然に魚醤が出来上がります。
石川県のいしる、秋田県のしょっつる、香川県のいかなごしょうゆは、その歴史の長さから日本3大魚醤と呼ばれています。いしるは、イカやイワシなどの魚介類に、大量の塩を投入して、1年以上もの長い時間をかけて自然発酵させます。すると、保存性が高く、うま味成分が良く出た魚醤油が出来上がります。この「うま味成分」の中には、白ご飯だけでは補えない必須アミノ酸も含まれていて、栄養学的にもバランスが取れている優れもの。いしるは、主に能登を中心に、昔は醤油のように使われていて、地域を代表する伝統的な味として貴重なものです。
でも、日本3大魚醤という呼び名があるわりに、国産の魚醤があるという話しはあまり知られていないような気がしませんか。20年近く前の古いデータですが、2001年の醤油の国内生産量は約120万tに対して、いしるの生産量は200t、しょっつる50t、いかなごしょうゆは10tにとどまります。大豆からつくる一般的な醤油の5000分の1以下と、文字通り「けた違い」にすくない量しか作られていないのです。しかも秋田と香川では魚醤の生産量が減少に転じています。魚醤づくりには、①労苦の割に多くは作れない、②担い手の減少、③乱獲により原料となる魚を確保できなくなるなどの課題があります。
魚醤 いしるをつかった鍋料理は、かつおだしとも昆布だしともちがった香りがして、本当においしいものです。自然に恵まれた日本には、まちによって多様な食文化や自然があって、旅に出るとたくさんの楽しみがあるのに、実は人に知られずひっそりと消えてゆくものもあるのではないかと気づきました。遠い将来にわたって、身近にこの味を楽しんでいくためには、今わたしたちはどうしたら良いだろうかと思うのです。
いまだからこそ、伝統食の継承を考えてみませんか。
2019年12月
執筆協力・山下悠那
金沢学院短期大学・現代教養学科・2年
㈱ヤマト醤油味噌 インターン
現在短期大学に所属し、主にビジネススキルや観光について学んでいます。石川県からの委託事業である海外誘客チャレンジ事業に2年連続で取り組んでおり石川県の観光振興の推進を目的に取り組みを行っています。
文章監修・文責 山本耕平
㈱ヤマト醤油味噌 に所属し、日々の法人営業とともに発酵食をテーマにワークショップを各地で開催。「発酵食文化を通じてお客様の健康で喜びに満ちた食文化の実現のお役に立つ」を理念に活動中。小学生時代の愛読書は「美味しんぼ」。
◆参考文献
森 真由美,小栁 喬、石川県能登の魚醤油「いしる」、日本海水学会誌 第 70 巻 第 5 号(2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj/70/5/70_295/_pdf
石川県、魚醤油(イシル等)の認証基準(2015)
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/nousan/furusato/documents/2-06gyosyouyu.pdf
新蔵登喜男、イシル・クラスター(石川県工業試験場の取組み)(2007)
http://www.fmric.or.jp/foodcluster/monokoto/03hokuriku/2007/1.3.8ishikawa_ishiru.pdf?fbclid=IwAR2awjFbS0V6XMc_DNDW7yb-dRI5K1_9WURnlWqh82Q4Vcv1tamLDU54i8M
◆外部リンク
ヤマト醤油味噌 魚醤 いしる ページ
https://shop.yamato-soysauce-miso.co.jp/fs/yamato/c/r-ishiru/
糀部人気レシピご紹介!「いしるだしのみぞれ鍋」
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/k_r_mizorenabe
◆魚醤いしるコラム 連載まとめ
第1回 和食の絶滅危惧食文化、日本三大魚醤とは?
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/wasyoku_japan_3daigyosyou
第2回 能登の塩づくりが生み出した魚醤・いしる
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/noto_shouyu_ishiru
第3回 石川県民なら知っておきたい「いしる鍋」の楽しみ方
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/ishikawa_ishirunabe
第4回 能登の人だけが知っていた野菜をおいしく食べる知恵
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/noto_oishiichie
第5回 「いしる」×「グルテンフリー」のススメ
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/ishiru_glutenfree