2020年01月29日
こんにちは、新連載『魚醤いしるの使い手さんに会いに行こう』
第一回はMUJI HOTEL GINZAで国内外のゲストへの料理を一手に担う、太田料理長にお話を伺いました。
魚醤いしるは、新鮮な魚を塩漬けして、1年以上発酵させた魚醤(うおびしお)。醤油とは一味違った個性を持つ「いしる」を、どう料理するのでしょうか。
ー太田料理長、よろしくお願いします。
(料理長)よろしくお願いします。
太田 健太郎 / Kentaro Ota 料理長
専門学校を卒業後、料亭を経てパークハイアット東京の和食レストラン「梢」で12年間勤務。うち8年はスーシェフをご担当。その後、池袋の割烹料理屋で料理長を務められ、現在はMUJI HOTEL GINZA内のレストラン「WA」の料理長として日々腕をふるっています。
(聞き手:ヤマト醤油味噌 山本耕平)
―MUJI HOTEL GINZA『WA』のコンセプトを教えてください。
(料理長)こちらのレストランでは日本各地の料理を召し上がっていただけます。私たちは単純に郷土料理を再現するよりも深いところを目指していて、生産者さんたちが作った野菜を、生産者さんたち自身がどう食べてるのか、というところまで現地に聞きに行って、それをこの東京 銀座で皆さんに食べてもらって、「こういう素材を現地でこうして食べてるんだ」って知ってもらい、地方に興味を持ってもらって、興味を持ったものを取り寄せてもらったり、実際に現地に足を運んでくださったりと、活性化できれば。そういう意味でやっています。
―それは、私も含めて生産者からは、ものすごくありがたいお話ですよね。「地域への発着点」ともいえると思います。そんなコンセプトをつくった理由を聞かせていただけますか。
(料理長)地域還元じゃないけど、MUJIとして料理プラス何か社会貢献できればという考え方があっての取り組みです。
―料理プラス社会貢献がキーワードになっているんですね。
(料理長)例えばMUJIでは廃プラ活動、全部をビニール袋じゃなくて紙袋に変えたり、ストローも全部紙ストローへと変えています。うちも料理から出来ることをやってみたいと思って。
―石川県にお越しいただいた時に、どういうところを巡られたんですか?
(料理長)石川県庁さんの推薦を頂いて、能登から金沢に下りてくるルートを取りました。かなりの広範囲でしたけどね。
―結構いろんなところを過密スケジュールで回られたという噂を聞いてるんですけど。
(岡部さん)はい、過密でした(笑)(補足:岡部さんはMUJI HOTEL GINZA 6階のバーを主担当。石川県の視察に同行)
一番最初は石川県の食文化について春蘭の里の代表の方にお話聞きました。そこじゃないと得られない情報を聞くために現地に行くので、どっちかというと食材そのものより、どういう食べ方をしているか、とか、冬はどんな食べ物を食べてるか。そういう取材をしに行ったんです。
(料理長)行くとやっぱり結構話が弾んじゃって、スケジュールが押し押しになっちゃって、石川県庁さんをイライラさせちゃったり…(一同笑)
一石川県庁の職員さんとしても、いろんな石川県を知って欲しいですもんね。
(岡部さん)そして羽咋市に行って、ジビエとしてのイノシシを見ました。農家レストランの室谷さんでは、おばさまたちにお話しを聞いて、その夜は能登島の民宿にいって、民宿の女将さんにずっと話を聴くという日でした。
―能登島は食材豊かですから、かなり盛り上がったんじゃないですか。
(岡部さん)かなりすごいです。
(料理長)魚の量が凄い出てきて。こんなに魚食べたことないですよね。
―民宿のお名前は?
(岡部さん)えのめ荘です。そこで訊いたら「いしる全然使わない」って言ってましたね。え!能登は能登でも、能登島では使わないの?!みたいな衝撃が走るっていう(笑)能登島では魚醤は使わないって言うんですね。実は、取材すればするほどまとまらない、というのが実感です。
―たしかに、いしるを使うのは、輪島や能登町が多いように思います。そしたらその翌日は金沢へ?
(岡部さん)いえ、南に150キロくらい下ったんです。松浦酒造さん、山中温泉へ行って、加賀の丸いもを見に行って、百万石ビールをつくっているワクワク手づくりファームさんに行って。その後に天狗舞の車多酒造さん、中村酒造さんにも行って、その日の最後に、四十萬谷本店さんに行って、夜は金沢おでんを食べに行った、っていう。
―金沢おでん!どちらですか?
(岡部さん)すごい有名な・・・菊一さん!たまたま22日が金沢おでんの日って聞いて、金沢おでんって書いたはんぺんが出てきました。
―赤巻き、車麩もおいしいですよね。蟹が解禁になったら香箱蟹のカニ面ってネタも人気です。それでは、夜は金沢に泊まられて、石川県滞在三日目にうちにお越し頂いたんですね。
(岡部さん)はい、三日目はまず漁業組合に行ったあとに、ヤマト醤油味噌さんに行かせていただいて。そのあと、近江町市場に周って、加賀野菜のヘタ紫茄子、加賀蓮根を拝見して、その後金沢ワイナリーさん、最後に青木悦子さんのクッキングスクールで金沢の食文化について聞いて、終わりです。
―かなり充実の(笑)
(岡部さん)つかれました(笑)
―一連の取材から、食材としては何を選ばれたんですか?
(料理長)周った生産者さんのつくっているものはほとんどを選びました。甘海老とフグ、ブリ、蟹も。丸いも、加賀れんこんも使っています。あと、四十萬谷本舗さんの大根寿しとかぶら寿しも。そして調味料のいしる。
(岡部さん)お酒はまわった三つからは全部取っています。五凜と、鮮、AKIRAと石川門。
―地酒のセレクトも素晴らしいですね。その中でいしるに目を留めていただいたのはどうしてですか。
(料理長)そうですね。普通のお醤油というよりも、やはりその地域でしか作っていないものを料理に入れて知ってもらうというのが目的ですし、なにより美味しくないと意味が無いので。いしるは、美味しかったので。
―ありがとうございます。いしるはどのような料理で提供していますか。
(料理長)いしり(イカの魚醤)を使って、貝を酒蒸しにして提供しています。大分のヒオウギ貝、一つ一つ色が違って7色くらいある貝なんですけど、それを酒蒸しにして、いしりをちょっと塗って焼き目をつけて出しています。
―いしりにちょっと火を入れて。
(料理長)はい。あとブリ大根の隠し味にちょっといしりを加えて。ブリだけで炊いても美味しいんですけど、ちょっとイカの風味も乗るとさらに美味しいです。本当は大根だけ出したいんですけど。ブリが出ないと寂しくなっちゃう(笑)
―実は主役は大根なんですね。
(料理長)そうなんです。
―余談なんですけど、甘海老の頭を、甘口のしょうゆで煮て、その煮汁を捨てずに大根を炊くというのが、私の故郷 金沢市大野町のレシピです。甘海老の頭の味噌は吸って食べます。
(岡部さん)おいしそう。
(料理長)うちは甘海老をそのまま炊いて、そのまま食べるっていう料理も出してます。「甘海老の具足煮」っていいます。ちょっと甘辛めに炊いて、提供するときには皮を剥こうと思っていたんですけど、取材した石川県の人はもうそのまま食べるって言ってたので、そのまま出しています。
―僕も家でよく食べていました。
(料理長)頭のところだけが堅いけれど、身は殻ごと食べられる。頭の味噌は吸って。
―和食の中で、魚醤って普段は使いますか?
(料理長)使いませんね。あ、でも前に一回、「いしり」で豚肉のバラブロックを漬けて、つけ焼きにしてみたんですけど、それは美味しかったですね。でもやっぱりそのまま使うとしょっぱいので、みりんと酒で割って、合わせて使いました。秋田のしょっつるも、しょっぱいのと、塩辛いので、そのままでは和食に向かないですね。
―お店で提供する和食ではあまり魚醤を使わないというのが昔からあるみたいですが。
(料理長)そうですね、素材を活かすのが和食なので、味を足すというのはあまりしないですね。
―石川県の家庭料理では、めんつゆに「いしる」を加えるとか、いかの煮物にいかの「いしり」を加えるような使い方はしますね。それは素材に味を足すイメージです。お店で提供する和食の考えにおいては、魚醤はマイナスになってしまうのでしょうか?
(料理長)単純にマイナスとは言えません。いしるは単体で舐めるなら美味しいのです。しかし、私たちは和食のコースに使ってどうか?全体の構成でどうか?というのが大切と考えています。いしるをつかった料理だけ味が濃いめになっちゃう。
―いしるを使うと味が濃いめになる。和食のお店のお料理に活かすとしたらいかがですか。
(料理長)私の場合は、ブリ大根とか、貝のいしる焼きとか、どちらも単品料理でお出しするようにしました。コースの中の一品としてではなく、いしるの特徴を出すアラカルトメニューに使うようにしています。
―そもそもなお話しですが、もともと石川県視察の前から「いしる」はご存じでしたか?
(料理長)知っていました。
―「いしる」を知ったきっかけは何でしたか。
(料理長)私の親方が、「使ってみたい」っていうので「いしる」って魚醤があることを知りました。パークハイアット東京の親方です。
―ここから、太田料理長に切り込んでいくんですけど。
(一同笑)
―もともと料理の道を志したきっかけとなるエピソードがあれば。
(料理長)サラリーマンになりたくなかった。というか、もともと洋食をやりたかった。実家が和食の料理屋をやっていまして、親戚中に「和食をせっかくやっているんだから、和食にしたら」と言われて、しぶしぶ和食にした。
(一同笑)
―積極的な理由ではなかった。
(料理長)小学校のときの卒業文集には十年後の未来みたいなのがあって、フランスでフランス料理の修行をしている、と書いていました。(笑)
―でも小学生のときから料理人になるというイメージだったんですね。ご両親の姿を見られていたということですね。
(料理長)そうですね。
―ご両親から料理人になれというお話しはあったんですか?
(料理長)無かったです。絶対息子にはやらせないと思っています。
―自分で選ばないかぎり。
(料理長)そうですね。自分で選ばない限り。厳しい道です。
―和食の料理人を志して、その道に入られたのは何歳ごろですか?
(料理長)高校卒業して、専門学校に行ってからですね。東京の辻調へ。
―それから修行に行かれたんですね。
(料理長)最初にすごく近所の、有楽町に『胡蝶』という懐石料理のお店があって、お店は無くなっちゃったんですけど、その後は僕の親方なんですが、新規オープンするときに付いていきまして5年弱ぐらい居ました。親方からパークハイアット東京を紹介されて、その後ハイアットに12年―13年居ました。一番下で入って、副料理長までいきました。席数は80席くらいでした。
―料理人として打ち込んできたモチベーション、支えてきたものを教えていただけますか。
(料理長)他にやりたいことが見つかんなかった。(笑)いやなら逃げてやろうとも思っていたんですけど、辞めてやることもないし、これしかないなって思ったんで。
―これしかないなって、思い切れたきっかけはありますか。
(料理長)やっぱり、私は料理を作るのも好きですし、自分のつくった料理でお客さんが喜んでくれるっていうのも一番良いところですね。25歳くらいのときに、ベジタリアンのハリウッドスターが来て、野菜だけの天ぷらを揚げたら、次の日のインタビューで「すごいおいしい天ぷらを昨日食べたんだ」って。
―すぐに嬉しいフィードバックがあるって。
(料理長)いや~、嬉しいなあ。と。名前忘れちゃったんですけど。俳優さんの。。
(一同笑)
―俳優さんのプライベート情報なので、太田料理長は、たぶん、おっしゃらないだけで。
(料理長)羊たちの沈黙の・・・レクター博士。ハンニバルが始まるときのタイミングで来てた。そう、アンソニー・ホプキンス!一番最初に嬉しかった、というので結構記憶に残っています。
ー素敵なエピソードですね。発酵に関してお尋ねしますが、関心のある食材を教えていただけますか。
(料理長)和食屋なんでやっぱり漬物、塩糀や、味噌です。
ー今回は石川県のテーマの中でかぶら寿しと大根寿しを使っていますね。なれ寿し、発酵寿しと言ったら良いでしょうか。どんな印象でしたか。
(料理長)昔食べた時は味が合わず、全然食べられなかったんですけど、嗜好も変わったのか、作り手さんがおいしく作ってくれているのか 美味しくなった。いまは全然いけるなと思って。
「写真提供:石川県観光連盟」
ーかぶら寿しも大根寿しも年を追うごとに美味しくなっているのかもしれませんね。作り手さんの創意工夫もきっと有ると思います。太田料理長が、こうした食の作り手に期待することを聞かせてください。
(料理長)そうですね・・・(かなり迷って)価格ですかね。
特に魚介類が年々高くなってきているので・・・食材が全般的に上がってきています。和食はやっぱり鮮魚がメインになるので、それがロスになるとインパクトが大きい。当店で10キロくらいのブリを仕入れると、使い切るまでに時間がかかるので、半身ずつ仕入れるとかしてロスが出ない工夫をしています。焼き魚、煮魚もすべて骨なしの部分を出していますから、丸の魚で仕入れたとしても、骨の付いたアラの部分まですべて活用できないというジレンマもあります。
ー勉強になります。メインとなる食材の値段をどう抑えるかということは特に必要とわかりました。海産物一般について、乱獲で大きな問題が起きています。子供の世代まで私たちは同じ食生活が送れるだろうか、という。石川県でも、イカの一大産地の港でイカが獲れていません。和食、寿し、魚介が大好きな私としては人ごとではない関心があります。
石川県への視察全体を通して、どんな印象でしたか。
(料理長)のどか ですね。(笑)
例えば、田んぼ 山 という景色が東京ではあまり見えないので、それが印象的でした。能登島に泊まって、朝早く起きて、港を見に行ったんですけどちょうど帰ってくる船が何艘かあって、朝焼けの中帰ってくる情景が見れました。朝5時くらいでしょうか。
ー早朝の港町の、一番気持ちが良い光景を見てくださったんですね。
太田料理長が日々のお料理で心がけて、大切にしていらっしゃることは何ですか。
(料理長)(即答して)基本ですね。だしをひくこともそう。米を研ぐことも。最初の段階が一番大切です。そこがずれていると全部ずれてしまうので。
ー太田料理長の料理人としてこう在りたい。目標はありますか。
(料理長)料理を通して、関わっていく人たちみんなが幸せになればいいと思っています。
ー究極の目標 ですね。
(料理長)はい。そうありたいと思っています。
ー本日は貴重なお時間をありがとうございました。いしるを、これからもご愛顧よろしくお願い致します。
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ヤマト醤油味噌の魚醤いしるや、玄米甘酒が楽しめるMUJI HOTEL北陸特集メニューは、
2019年10月14日 〜 2020年2月9日まで期間限定開催中です。
魚醤いしるを使うにあたって、太田料理長は様々な研究を重ねてくださったと分かりました。
私たちも、イチ作り手として、料理人さんお一人お一人に愛していただける調味料づくりを
心がけていきたいと、心を新たにしました。
追記・・・岡部さんの担当するバーカウンターで、玄米甘酒とMUJIさんの日本酒を合わせたオリジナルカクテル「時」を
合わせたオリジナルカクテルを楽しむことができます。ぜひお立ち寄りくださいませ。
※ 期間限定メニューにつき2020年2月10日以降は別メニューとなりますのでご了承ください。
※インタビューは2019年11月当時の情報です。
※文中では、イワシの魚醤は「いしる」、イカの魚醤は「いしり」と便宜上分けて使用しています。
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MUJI HOTEL GINZA WA
MUJI HOTEL GINZA6階の和食レストラン。日本各地で食べ続けられているふるさとの味に触れ、豊かな日本の風土を食を通して楽しむ事ができます。
定期的に日本の各地を訪れて、それぞれの地域のくらしとともにある味を見つけて、お届けしていきます。ご注文ごとに一号羽釜で炊き上げるお米は、高品質なお米として注目が高まっている飛騨高山コシヒカリを。お酒は老舗から若手まで腕利きのつくり手から集める日本酒を中心に取り揃えています。
https://hotel.muji.com/ginza/ja/
※いしるの詳細、お買い求めは下記のページから。
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◆外部リンク
ヤマト醤油味噌 魚醤 いしる ページ
https://shop.yamato-soysauce-miso.co.jp/fs/yamato/c/r-ishiru/
◆魚醤いしるコラム 連載まとめ
第1回 和食の絶滅危惧食文化、日本三大魚醤とは?
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/wasyoku_japan_3daigyosyou
第2回 能登の塩づくりが生み出した魚醤・いしる
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/noto_shouyu_ishiru
第3回 石川県民なら知っておきたい「いしる鍋」の楽しみ方
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/ishikawa_ishirunabe
第4回 能登の人だけが知っていた野菜をおいしく食べる知恵
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/noto_oishiichie
第5回 「いしる」×「グルテンフリー」のススメ
https://www.yamato-soysauce-miso.co.jp/koujibupost/ishiru_glutenfree