時は昭和62年(1987年)。 私、山本晴一(現在WEBショップ店長)が、地元金沢の酒造会社での修行を終え、 家業の味噌・醤油屋に入って4年目のこと。修行中から温めていた構想を、ようやく実現する時がきました。
当時、日本酒業界では、「吟醸」や「大吟醸」が、品評会用のお酒としてではなく、 一般にも売り出された頃でした。
杜氏の丹精した吟醸酒というのは、香りの良さと、ピュアーな清潔感があって、 若かった私には、言葉で表現できないような驚きと感激を受けました。 吟醸酒には、業界用語で『火入れ』(加熱殺菌)していない、生酒が多いことも わかりました。
『こんな香りの良いお酒があるのなら、香りの良い醤油ができないだろうか?』ほかのどこにもない、ウチしかできないような個性のあるお醤油を作りたいと考え続けていました。
あえて言葉にするなら『素材感のある、力強い醤油』ということだったと思います。
ここで、醤油つくりを簡単にご説明しましょう。
醤油は、醤油諸味(もろみ=蒸した大豆と炒った小麦を混合して全体に醤油こう じを育てた後、塩水に入れて発酵させたもの。ドロドロ・ポタポタっとした感じです。)を搾って つくります。
熟成途中の醤油諸味(もろみ)を、櫂入れ(かいいれ)(かき混ぜて、発酵を促す作業です)をするたびに、実際になめて味を確かめます。まだ発酵途中の若いもろみは、塩辛さばかりがたって、まだ香りもそれほどありません。
ところが、同じもろみも、熟成を経るにつれ、旨みを増し、醤油らしい香ばしい 良い香りが生まれてきます。 手についた上質のもろみをなめると、その豊かな香りが口一杯に広がります。 その手を水で洗っても、簡単にはとれないくらいの、力強い豊かな香りです。この香りというのは、ちょっと難しくなりますが、丸のままの大豆が含んでいる 油分を酵母が分解して自然に生まれる『高級アルコール類・エステル』という成分のおかげです。
じっくり寝かせた、天然醸造の良質なもろみでないと、こうした良い香りは生まれてきません。
ウチのもろみをなめながら、 「生のもろみの良さを、このまんま製品化できたら、すごくいい醤油になるのに なあ・・・・」 と思いました。
実は、搾りたての生醤油というのは、そのままでは、すぐに(一週間くらいで) カビが生えてしまいます。
カビが生えると、臭いが悪くなりますし、品質的にもあきらかに落ちます。 ですから、普通の醤油は『火入れ』(加熱殺菌)をして、保存性をよくしてあります。ところが、『火入れ』をすると、もろみのときにあった醤油本来の香りのよさが なくなってしまいます。
さて、どうしようか? ハタと考えてしまいました。 日本酒ならば『生酒』は、冷蔵することで腐敗を防ぎます。 搾りたてのナマ醤油も、冷蔵すれば流通も可能です。 でも、そんな扱いにくい商品を、消費者が受け入れてもらえるだろうか? 心配が先に立って、決心できないでいました。
ところが、ある時、取引先の醸造機械の製造会社が、良い、ろ過用のフィルター
があると教えてくれました。ジュースなど飲料用にも実績のある機械だそうです。 中空の長い繊維をろ過用につかった機械で、簡単に言うと、ミクロフィルター。
なんでも真剣に願うと、欲しい時に欲しい情報が手にはいるもんだと いいますが、この時は、まさしくそんな感じでした。 さっそく、製造元を訪ねて、実際に使う様子を確かめてみました。 「これなら、いけるかも!」 ミクロフィルターのモジュールを買いました。早速、ウチで、造ったばかりの丸大豆醤油をろ過してみました。(注:当時は丸大豆醤油というもの自体、作っているメーカーは片手で数えられ るくらい少なかったんです。世の醤油のほとんどは脱脂加工大豆を原料としてい ます。)
芳醇な香りそのままの醤油が生まれました。
『やったー!もろみの香りそのままの醤油が出来たー!』
衛生面ではどうかと、菌数を計ってみると、雑菌や酵母は、このミクロフィルターで全部こされていて、醤油中には認められません。 この方法ならば、ナマの醤油が腐敗する心配がない! ことがこれで確認できました。
このように、香りにこだわりぬいて作ったナマの醤油ですが、これには、副産物 というか、良いおまけも付いてきました。 ミクロフィルターで漉しただけのナマの醤油には、酵素が活きていて(たんぱく 質分解酵素ってものです)お肉を漬け込んでおくと柔らかくなるようです。 これは香り以外にも、あとから見つかったすばらしい個性の一つです。 豊かな香り!ピュアーな味!ひしほ醤油の完成!
|